刑法の基本書とかいろいろブログ

刑法好きの学生が,基本書を紹介したり,刑法に関連する話題を扱ったりします。

実例から学ぶ「罪数」

こんにちは。今回は罪数,なかでも併合罪についてです。

「実例から学ぶ」などという何とも仰々しいタイトルをつけましたが,単に昨日地裁で傍聴した内容をご紹介するだけです(笑)。

というのも,昨日の裁判で罪数が(争点というわけではありませんが)具体的に問題となる場面があり,ちょっとおもしろかったので,簡単ではありますが事案と一緒にご紹介したいと思うのです。(死ぬ気でメモしたので内容は大方間違いないと思いますが,もしかすると本来の事案と多少異なる部分もあるかもしれないことをお断りしておきます。)

事案の概要

被告人は20歳の頃から覚せい剤を使用し始め(現在はそれなりに高齢),前科11犯のうち7犯が覚せい剤使用である。直近の覚せい剤使用についての裁判もすでに結審していたところ,被告人は判決言渡しの2日前に覚せい剤を使用した。翌日,路上に停車中の自動車内にいたところ,同人の目がギラギラしており頬がこけた様子であったことから警察官が職務質問を行った。警察官が被告人の腕に注射痕を認め,「これはどうしたのですか」と聞いたところ,被告人は「病院で注射してもらった」と答えた。警察官が身元を照会したところ,被告人に覚せい剤使用の前科があったことから尿の任意提出を求めたが,同人はこれをかたくなに拒絶したため解放された。翌日の判決直後に,警察官が令状を呈示して被告人を病院に連行したところ,被告人が任意に排尿したので警察官が同尿を差押え,同尿から塩酸フエニルアミノメチルプロパン(=覚せい剤)が検出された。

傍聴の感想

今話題の覚せい剤使用事犯です(笑)。被告人は覚せい剤使用ですでに起訴されており,その裁判が結審した1か月後,判決の前日に職質を受けて判決直後に発覚,逮捕・起訴されて再び裁判へ,ということのようです。

本件は新件で今回が初公判だったのですが,はじめは事実関係が複雑だった(というか判決前日に職質とかいわれてもピンと来ない+初公判なのに裁判長が前回の裁判の話を始めた)ので混乱してしまいました(笑)。驚くべきことに,今回の裁判長が前回の裁判も担当されたということです。

ちなみに,前回の裁判で結審から判決までに1か月もあいたのは被告人が入れ歯を作るために判決を少し先延ばしにしたためで,その間の再犯ということで裁判長も大変残念そうでした。裁判長が入れ歯の調子を被告人に確認したところ,まずまずだということです(笑)。

問題の所在

本件は同種事犯の判決前後の使用・発覚だったわけですが,罪数関係はどうなるのでしょうか。検察官は論告で次のように述べておられます(あくまでも雰囲気です)。

「被告人は20歳の頃から覚せい剤の使用を開始し,累犯前科が7犯と規範意識が欠如している。前回の裁判でも今回と同様の反省の弁を述べているが,その舌の根も乾かぬうちに今回の犯行に及んだものであり,厳重なる処罰が必要である。前回の犯行と本件は本来併合罪の関係に立つが,本件発覚は判決直後であり同時審判の可能性はなく,併合罪とはならない。

検察官の方も手厳しいですね(笑)。さて注目すべきは強調部分です。検察官は,本件発覚と判決の前後関係を問題としており,その根拠は同時審判の可能性にあることがわかります。

検察官の主張どおり併合罪とはならないのでしょうか。

併合罪のしくみ

ここで条文を確認しておきたいと思います。

刑法45条 確定裁判を経ていない2個以上の罪を併合罪とする。ある罪について禁固以上の刑に処する確定裁判があったときは,その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り,併合罪とする。

45条前段を同時的併合罪,後段を事後的併合罪といいます。本件で問題となるのは後段部分です。

条文だけではいまいち分かりづらいので図を描きました。(下図の「確定裁判」のところは「禁固以上の刑に処する確定裁判」と読んでください。) f:id:keihoblog:20160318231332p:plain 図に示されたABCDのうち,確定裁判以前のAB,以後のCD,のそれぞれのグループが併合罪となります。確定裁判がいわば越えられない壁のような役割を果たしているといえます。

本件の整理

それでは今回の場合はどうなるのでしょうか。これも図にしてみます。 f:id:keihoblog:20160319030916p:plain なかなかダサい図ですね(笑)。これでも結構がんばったんですけどね。

判決は言渡されてすぐに確定するわけではなく,たとえば地裁判決の場合,検察官および被告人が控訴することなく控訴期間(14日間)を経過することで確定します(刑訴法351条1項,373条)。本件では,判決直後に覚せい剤使用が発覚しているので,当然判決は確定していません。したがって,図のような時系列となります。

条文の文理解釈からは「確定裁判があった」とはY(判決確定時)をいうと考えられますが,検察官の見解によれば後述するようにX(結審の時点)と考えることになります。そして,図に示したように,越えられない壁をX時点とY時点のどちらに置くかで結論が変わってきます。X説に立つと,「使用①」と「使用②」が分断されるので,確定裁判の持つ併合罪関係の遮断効により併合罪ではないことになります。他方,Y説に立てば,両者は同じグループとなり併合罪となります。

問題の所在

以上からわかるように,本件では「確定裁判があった」とはいずれの時点をいうのかが問題となります。

検討

いずれの見解を採るべきか

それでは,X説とY説のいずれの見解を採るべきでしょうか。

本件の検察官は,覚せい剤使用②が判決以後に発覚したことから同時審判の可能性がなく,併合罪にならないと主張しています。直接には本件発覚が判決直後であることを理由としていますが,同時審判の可能性を根拠とする以上,その可能性が消滅する結審時点で「確定裁判があった」と解するX説に立つものと思われます。

ここで併合罪の意義に立ち返ってみたいと思います。

併合罪とは,1人が数罪を犯した場合に,裁判所により同時に審判される可能性があるとき,またはあったとき,その数罪のことをいう。」(井田良『講義刑法学・総論』(有斐閣,2008)529頁)

「これ[併合罪]は,同時審判の可能性のある数罪については,全体を考慮した上で処断刑を決するのが妥当であるため,認められるものである」(山口厚『刑法総論 第3版』(有斐閣,2016)411頁)

併合罪の趣旨が同時審判の可能性であることを重視すると,結審の時点でかかる可能性は消滅するのでX説に立つことになります。本件検察官はこの理解に立っています。

では,本件のような場合にはどう解すべきでしょうか。井田教授の『講義刑法学・総論』にはこの問題に関する記述があります。

「『その裁判が確定する前』とは,A罪についての有罪判決の言い渡し後,判決確定以前をも含むから,仮に,その間にB罪が実行された場合にも,両罪は併合罪である。」(前掲・井田529頁)

井田教授の見解に従えば,本件も併合罪となりそうです(Y説)。条文を素直に読んだ場合の帰結はこちらでしょう。

法定刑の検討

本件で問題となっている覚せい剤の使用について具体的に検討してみたいと思います。

覚せい剤取締法41条の3 次の各号の一に該当する者は、10年以下の懲役に処する。

1 第19条(使用の禁止)の規定に違反した者

X説に立てば併合罪は成立しないので,使用①と使用②は単純数罪となり刑が単純に併科されます。その結果,処断刑2月以上20年以下となります(たぶん)。

他方,Y説に立てば併合罪が成立するので,「最も重い罪について定めた刑の長期にその2分の1を加えたものを長期とする」から(刑法47条),処断刑1月以上15年以下となります。

感想

両説の違いは,同時審判の可能性を重視するか,条文を素直に読むかの違いといえそうです。どちらの見解を取るべきなのでしょうか。基本的には条文に沿って,「確定裁判があった」とは判決確定時点をいうと解しつつ(Y説),(具体例が思いつかないのではっきりとはいえませんが)被告人に有利になる場合には結審時点と解釈する(X説)とかですかね。そうすると本件では,Y説が妥当ということでしょうか。少しややこしいですが,おもしろい問題だと思います。判決が楽しみです。

なお,間違いなどがありましたら指摘していただけると幸いです。

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